翌日になり、俺はシディルさんの屋敷でダラダラと過ごしていた。
ここ二日シャドウウルスとの戦闘やダンジョンの発見などでバタバタしていたので、のんびりしたい気分だったのである。 ちなみにカサネさんは街へ散策に出かけている。「魔法・・・か」
呟きながらライトの魔法を手の平に浮かべてみる。少し前までは自分で使うことすら想像できなかったが、最近ではさほど意識せずとも使えるようになった。
とはいえ、俺が使える攻撃魔法はライトニングだけだ。魔銃を手に入れたことで戦いやすくはなったが、もし雷耐性持ちの敵が居た場合、俺にできるのは魔力の弾丸 でのけん制くらいになってしまうだろう。他の魔法も覚えられると良いんだが・・・我ながら贅沢なことを考えているな。この力だってタミルさんから貰ったようなものなのに。いや、それどころか今俺が持っているものは貰い物ばかりか。 そう考えると急に自分にももっと何かできることがあるじゃないかという気がしてきた。俺は起き上がると地下に降りて研究室らしき部屋の扉を叩いた。 少し待つと扉が開き、中からシディルさんが顔を見せた。「なんじゃお主か。なにかあったかの?」
「突然すみません。シディルさん、魔法に関する書籍とかってありませんか?もちろん一般的なもので構わないんですが」 「ふむ?それなら二階の蔵書室に収めてある。好きに見て貰って構わんよ」 「ありがとうございます」シディルさんに礼を言うと、さっそく二階の蔵書室で俺でも読めそうな本を探した。その日は日が暮れるまで本を読んで過ごした。
「アキツグさん?もう夕食の時間ですよ?」
気が付くとカサネさんが部屋まで呼びに来ていた。
「あ、ごめん。すぐ行くよ」
「魔法に関する書籍を読んでいるって聞きましたけど、何か良いものはありましたか?」 「いや、カサネさんから貰った魔法の基礎知識があるからある程度理解はできたけど、まだまだ勉強不足なのを痛感したよ」 「元々前の世界にはなかったものですから。アキツグさんはまだこの世界に来て日も浅いですし、これから覚えて行けばいいと思いますよ」朝陽が王都ハイロエントを金色に染め上げる頃、城門近くに一行の姿があった。黒竜との戦いから数日が経ち、傷ついた者たちの多くは治療を終え、それぞれの日常へと戻りつつあった。 一方で、俺たちは旅立ちの準備を整え、新たな目的地へ向かうところだった。「予定通り、フォレストサイドの街に行くんでしょ?」エルミアが隣を歩きながらそう聞いてくる。「あぁ。今回はとんだ寄り道になってしまったけどな。それに、この大陸に居ると・・・」 「あ!あの人、カサネ様じゃない?」 「おぉ、あの人が私達を救ってくれたのか」 「隣にはエルミア様もいらっしゃるわ」 「救世主様だー!」周囲からそんな声が聞こえてきた。カサネさんは苦笑いしながらも軽く手を振っている。これで三度目である。国王であるモルドナムが民を安心させるために黒竜討伐の発表をし、その際に討伐者としてカサネとエルミアの名を上げたことで、二人は街で英雄扱いを受けていた。「どんどん話が大きくなっていきそうだからさ」 「まぁそうね。これじゃ気楽に旅もできないでしょうし。向こうの大陸まで話が広がってないと良いわね?」 「本当にな」俺、アキツグはそう答えながら、ロシェの背中を撫でた。彼女は目を細めて気持ちよさそうに喉を鳴らしている。相変わらずのマイペースぶりだ。「この様子じゃカルヘルドも避けたほうが無難かもね」エルミアが柔らかい笑顔で提案する。その表情はどこか晴れやかだった。彼女はこの数日で何度も民の前に立ち、王女としての務めを果たしてきた。守るべきものを守れた安堵感と、仲間たちへの信頼が、彼女の目に力強い輝きを与えている。 城下町を歩くと、あちこちから人々の笑顔が見られた。俺たちを見ると、口々に感謝の言葉をかけてくれる。その中で特に子どもたちが興味津々な様子で近づいてきた。少年はカサネさんの前に立つと頬を赤らめながら、「ぼく、カサネさんみたいに強い魔法使いになりたい!」と声を張り上げた。その言葉にカサネは思わず微笑み、少年の頭を優しく撫でた。エルミアも人々と挨拶を交わしながら、一つひとつの声を真摯に受け止めている
その晩、一行は城壁の上で竜の出現を待っていた。月明かりは雲に遮られ、星もわずかにしか見えない。王城の庭では、兵士たちが最後の準備を進めていた。巨大なバリスタが四方に配置され、魔導士たちが陣を組んで魔法陣を展開している。 俺達は別動隊として、王城の兵士たちとは異なる場所で待機していた。練度の異なる俺達が無理に混ざろうとしても連携を乱すことになるのは明白だったからだ。カサネさんは目を閉じ、静かに呼吸を整えていた。『来るわ』ロシェが低く呟いた瞬間、暗闇の中に巨大な影が現れた。 黒い竜が城上空を旋回し、その眼光が赤く光るたびに兵士たちのざわめきが広がった。「陣形を保て!」ゴドウェンが兵士たちを叱咤しながら剣を抜いた。「黒竜の影が見えた。南西からだ!」その瞬間、空気が張り詰めた。低い唸り声が徐々に大きくなり、やがて巨大な漆黒の影が城を覆う。黒竜は異常なまでに大きかった。全長は20メートルを超え、黒光りする鱗は魔法を弾くかのように硬質に輝いている。瞳は燃えるような赤で、そこには知性と冷酷さが混じり合っていた。「いくぞ!」ゴドウェンの号令とともに、魔導士たちが一斉に攻撃を放つ。火球、氷柱、雷光が黒竜を包み込むが、その鱗に当たると弾かれ、黒煙を残して消える。 そのまま彼らの正面にやってきた黒竜が吠えた。その咆哮は地面を揺るがし、城壁を砕いた。兵士たちが怯む中、エルミアが声を張り上げる。「怯まないで! 私たちが守らなければ、この城も、民も終わるわ!」その声に奮い立たされた兵士たちは再び体勢を立て直した。「バリスタの準備は整ったか!」ゴドウェンが叫ぶと、兵士たちが合図を送り、黒竜に狙いを定める。しかし黒竜は動きが素早い。飛び上がって空を舞い、巨大な尾で城の一部を薙ぎ倒した。「くっ、やはりあいつの動きを止めないとダメか!各自用意!」ゴドウェンの指示により、各兵が黒竜に悟られぬようにある場所に誘い込みを掛ける。それは中央にある円形の庭園だった。 黒竜も彼らを蹴散らすのに最適だと判断したのだろう。そこに降り立ち周囲を薙ぎ払おう
休憩以外は馬を走らせ続け、夜明け前にようやく俺達は王都ハイロエントの城門に到着した。 高くそびえる石造りの城壁は威厳に満ち、冷たい月光に照らされていた。 だが、その姿は依然と比べ所々に破壊の後が見られた。 城門で出迎えたのはカラブの部隊の仲間たちだった。「カラブ、戻ったか。ん?・・・姫様?!どうしてこちらに!?」兵士の一人が驚きの声を上げると、エルミアは毅然とした態度で進み出た。「王城へ案内して。詳しい状況を確認する必要があるわ」兵士たちは一瞬戸惑ったものの、カラブが「国王陛下の意は承知している。姫様をお守りするのが我々の務めだ」と断言すると、すぐに道を開いた。一行は王城の中枢部へと進んだ。廊下には焦げた跡が点々と残り、いくつかの扉は激しく破壊されていた。「竜の攻撃がここまで及んだのか…」とアキツグが呟くと、エルミアは唇をかみしめた。「これ以上、被害を出させるわけにはいかない…」謁見の間に到着すると、国王を含む主要な臣下たちが集まっていた。彼らの顔には疲労と緊張が色濃く浮かんでいる。「エルミア!」国王が娘の姿を見て驚きと喜びの入り混じった声を上げた。「どうして戻ってきたのだ?危険だからと伝えたはずだ」 「父上!」エルミアはその場に膝をつき、強い口調で答えた。「私は王女です。この国と民を守るためにここにいます。どうか私も共に戦わせて下さい!」その言葉に、国王はしばし沈黙した後、深く息を吐いた。「わかった。エルミア、お前の意志を尊重しよう。だが、我々も最善を尽くしている。竜を迎え撃つために、何か力になれる者がいれば申し出てほしい」アキツグは一歩前に進み出た。「俺たちも協力します」 「感謝する。エルミアや我らを救ってくれたことのあるお主らが味方になってくれるのは心強い」その後、対策会議が開かれた。応戦した兵士たちの報告によれば、黒竜は夜間にのみ現れ、短時間で激しい攻撃を加えた後、また姿を消すという。「黒
あれから数日後、シディルさん達に感謝を告げてマグザを後にした。 現在はヒシナリ港に向かう途中でカルヘルドの街に立ち寄っていた。街は賑わいを見せていたが、以前立ち寄った時に比べるとその賑わいにはわずかながら違和感があった。「何でしょう。街の人達の雰囲気が少し変な気がしますね」 「あぁ、何か不安そうな心配しているような感じがするな」そんな話をしながらも市場を見て回っていると、ふと耳にした囁き声にアキツグ達の足が止まった。「…聞いたか?王都が、黒い竜に襲われているって話だ」噂話をしているのは、情報を売りにしているらしいやつれた男だった。顔は土気色で、その声にはどこか怯えが混じっていた。 アキツグはエルミアとカサネを伴い、男の周囲に集まった人々の輪に加わった。「おい、本当に竜が出たのか?」若い商人が聞くと、男は低い声で続けた。「見たやつがいるんだ。黒い翼が空を覆い、王城の近くを旋回していたってな」その話に、エルミアの顔が青ざめた。王都ハイロエント――それは彼女が守るべき故郷だったからだ。「王都が・・・本当に?」エルミアは唇を噛みながらアキツグに視線を向けた。「ミア、心配なのはわかるが落ち着け。ただの噂かもしれない。まずは確かめよう」とアキツグが冷静に答えた。 一方で、カサネは情報屋に直接話しかける。「その目撃者、どこにいるか分かりますか?」男は困ったように肩をすくめた。「さぁな。ただ、難民の一団がここを通り過ぎたのは確かだ。彼らを探してみると良いんじゃないか」その後、一行は街の宿屋に足を運び、難民らしき一団を見つけた。 エルミアはその中の一人に声を掛けた。「すみません。竜の噂を知りたいんです。あなたがたは王都から来たのですか?」とエルミアが尋ねると、その女性は少し怯えた表情を見せながらも頷いた。「ええ、私は王都から逃れてきた難民の一人です。数日前、黒い影が現れて王城を襲ったんです。月明かりに照らされたその
あの後、黒熊のドロップ品についてはあのパーティと交渉結果で分配し、その場で野営して一晩を過ごした後、二十階層のボスには挑まずにダンジョンから帰ってきた。折角十九階層まで来ていたのに勿体ない気持ちも無くはなかったのだが、正直黒熊との闘いでお腹一杯な気持ちの方が大きかったのだ。 ダンジョンを脱出して屋敷に戻った後で、俺はカラブさんに連絡を取った。「あの時助けてくれたのはカラブさんですよね?ありがとうございます。カラブさんが居なかったら正直危なかったと思います。」 「あぁ。事前に今までより深い階層に挑むと聞いていたから、念のために後を追ったが正解だった。お前たちの様にショートカットはできないから、追いつくのは苦労したがな。それに礼は不要だ。姫様を守るのは俺の任務の内だ」確かにカラブさんからしたら俺達はおまけで、ミアを守るのが第一優先なのだ。 もしあの場のメンバーで敵わないと判断したなら、カラブさんはミアを無理やりにでも連れ出して撤退していただろうことは予想できる。「それより、あの時も言ったが気を付けろよ。まぁ、あの化け物は本来あんなところに居るようなやつではなかったようだが、それでも姫様に何かあったら仕方ないでは済まないからな」と、カラブさんが続けて言ってきた言葉からも、その予想は当たっているだろうと思えた。「はい。旅に出てダンジョン探索したりする以上、魔物と遭遇するのは避けられないですけど、目に見える危険は避けるように気を付けます」 「分かっている。それくらいは国王様も承知の上だろう。ま、俺から言いたいのはそれくらいだ。そっちから聞きたいことはあるか?」 「あ、例の黒熊のドロップについては?あの時カラブさんは何も持って行かなかったですよね?」 「要らん。俺は冒険者じゃない。姫様の護衛として当然のことをしただけだからな」 「あ、はい。分かりました」あの戦闘で一番身を危険に晒していたカラブさんに何も渡せないのは申し訳なさもあったが、その口調から何を言っても受け取らなさそうだと思った俺は大人しく引き下がった。 そうしてカラブさんへの確認も終えたので、俺達は黒熊について冒険者ギルドに報告に向かった。
「ぐぉぅっ!」 「ブラストマインよ。ガイムをあんな目に合わせた借りは返させて貰うわ」そう言ったのは後ろに下がっていたパーティの魔導士の一人だった。 どうやら怪我を負ったメンバーも無事のようだ。 戦闘態勢も整ったらしく他のメンバーも黒熊を抑えるのに参加してくれた。 その頃にはゴブリンロードも消えていたが、彼らのおかげでどうにか耐えることができた。 そうして、とうとう二人の呪文が完成した。「エレメンタルアロー!」六属性と五属性の魔力から生み出された矢が黒熊に向けて撃ち放たれる。 当然黒熊もそれを見て回避を試みようとしたが――「バインドスラッシュ!」狙いすましたかのような剣士風の男の斬撃に黒熊の動きが一瞬止まる。 二本の属性矢はその黒熊の胴体と左胸にそれぞれが突き刺さった。「ぐおぉぉーーーー!!」黒熊が強烈な叫び声を上げて倒れ伏した。その二撃は黒熊の体に大穴を開けていた。 何とか倒せたとほっと一息ついた俺に対して、剣士風の男は油断なくその体に近づいて首を切り落とした。「死を確認するまでは気を抜くな。それは一番の隙になる」 「あ、あぁ。すまない。色々と助かった」 「ふん。止めを刺したのはあの二人だ。正直、こいつは俺でも手に余る化け物だ。これからは気を付けることだな。俺はこれで失礼する」 「えっ、あっ」俺達が何か言う前に剣士風の男はさっさとこの場を離れてしまった。 まぁ俺にはその理由は分かるのだが、他の人達は不思議そうにその後姿を見送っていた。「あの人行っちゃったわね。助けて貰ったお礼を言いたかったのに」 「ですね。黒熊の素材を取得した様子もなさそうでしたし、何のために助けてくれたんでしょうか?」 「さぁ。案外通り道の邪魔になるから協力してくれただけだったりしてな」 「まさか。そんな理由で倒すには相手が悪すぎますよ」そんな話をしていると例のパーティが俺達に近づいてきた。 なんかさっき助けてくれた魔導士の女性が